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関西地方は、六月七月は曇天も多かったものの、今年もやっぱり熱帯夜と35℃近い真夏日続きの猛暑の夏だったのですが。関東地方は、地域によってながら…八月に入ってもそこまでの凄まじい暑さが何週間も続くということはなかったのだそうで。
「ましてや此処は、緑も多いしvv」
人ばっかりの東京なんかじゃあ、今や1軒に数台が当たり前の、エアコンの室外機からの熱風もないから、その分もずんと過ごしやすいよねぇと。お庭の瑞々しい緑の絨毯の上、これは最初から植わってた、スズカケかしら種類は知らない樹の木陰にて。心地いいのを嬉しそうに話す、どこか幼い面差しの男の子。頬も小鼻も するん・ふくふくと、まだまだ骨張らず柔らかく。体格もひょろりと細いが、こちらもゴツゴツ・ガリガリという印象は薄く、育ち盛りさんならではの 伸びやかさに満ちた柔軟性が見受けられ。
“いや・やっぱり、可愛いったらねぇよな。”
体格や風貌だけの話じゃあなく、今時の同世代の男の子だと、何につけてもしら〜っとしていて可愛げなんて欠片だってなかろうに。屈託のない笑顔や何やが、もうもう可愛いったらと。こんな目福や至福が他にあろうかと、悪い言い方で“やに下がって”しまってる、金髪のお兄さんの視線の先。すぐ傍らに伏せの姿勢になってるわんこの、絹糸みたいな毛並みをわしわし、飽かず撫でてやってるルフィだったりし。
「きゅ〜んvv」
お顔を上げて来たのへ、
「んん? 気持ちいい?」
話しかけると、顎の下を撫でてた手のひらへ、器用にもお顔の横っちょで“すりすりっ”て甘えてくれる可愛い子。勿論、彼らが飼ってるわんこじゃあない。此処へ遊びに来るといつも、飼い主さんも連れず(?) 自主的にやってくる、結構奔放で大胆なお友達わんこであり。
「色んな意味で凄いところだよな。」
「何が?」
こちらさんはテラスポーチのデッキチェア。長々と横になるでなく、横向きに腰掛けたカッコにて、やはり遊びに来ていたウェスティのチビちゃいのを、わしわしと撫でてやってるムシュだったりし、
「いくら小さくたってリードもつけずの放し飼いなんて、まずは苦情が出ようもんだろに、それもないんだろ?」
「うん。」
自分たちはたまにしか来ないクチの住人だけれど、
「人の言うこと、よく聞く子だしねって、ここいらじゃあ有名な人気者なんだよ?」
知り合いの人から、それも名前を呼ばれてから。とぽとぽゆっくり寄ってって“きゅう〜ん”ってご挨拶してからじゃあないと、甘えたりはしない。通りすがりの人へ誰彼かまわず飛び掛かってじゃれることもなく、通りかかったお家の庭を勝手に荒らし回るということもなく。それどころか…ともすれば。迷子になって泣いてた帰省中のご家族のお孫さんを、まずはじっと傍らにいて泣きやむまで付き合ってあげた上で。どこの子供かも把握しているのか、ちゃんとお宅まで誘導してあげることもあるくらい。
「俺が驚いてんのはそれだけじゃないさ。」
前脚の付け根、人なら脇になる辺りへ両手を差し入れ、よ〜しよしと抱え上げてやり。真っ黒で潤みも強い、つぶらなお眸々と視線を合わせれば、ううう?と小首を傾げる所作がまた、何とも愛らしいウェスティくん。構って構って〜〜〜っと短いお尻尾をピンピン振りながら甘えて来こそすれ、すりすりと擦り寄るだけで、甘噛みや無駄吠えなどなどは仕掛けて来ない、躾けの行き届いた良い子だし。手入れも良ければ 人にも柔順な、そりゃあ愛らしい わんこたちなだけに、
「飼い主なしでふらふら歩いてると、良からぬ思惑の誰ぞに攫われるかも知れんのに。」
どちらも小学生くらいの子供でも抱えられそうな小型犬や中型犬なだけに、大人の、その気まんまんな悪党に見初められたら一大事なんじゃあなかろうか。
「ああ、それは俺も前に訊いたことある。」
彼らだけで帰すのは忍びなく、送って行ったその折に。生憎と るふぃちゃんは海カイくんとお散歩だとかでいなかったのでと(苦笑)、代わりに訊いたお相手は…こちらさんの大好きなご亭主に、見た目のタイプのよく似た、体育会系っぽい向こうのご主人。ご心配じゃあないのですかと、差し出がましいかなと思いつつも訊いたところが、
「この辺はあまり他所の土地から入り込む人は居ないんで、見かけない人や車はすぐに分かるし目にも留まる。ろろのあさんは会社にお勤めの人じゃあないから、平日でもお家においでで、お電話で知らせてくださればすぐにも飛んでける機動力は半端じゃあないんで、心配はしてないんだって。」
それに、
「この子たちも、ご町内の人たちには知らない人はいないってほどの有名人だから、何かされてたらそれって飛び出しちゃうって話なんだって。」
あと、るうちゃんたち自身も凄いお利口さんだしねと付け足して。ねぇ〜〜vvと笑っておでこを撫で撫で。すると…気のせいか、目元を細めて“にゃは〜〜vv”っと笑ったようだった、小さなコリーみたいな シェルティくんであり。
「へえぇ?」
時折、風にさわさわそよぐ枝の陰が、彼らの頭上に躍って、それが何とも涼やかで。到着した時は、夏場は地獄のような国だと思ったのにね。それも嘘のようだなと、サンジェストお母様が、庭先の情景へやんわりと目許を細めて悦に入っておられると、
「その伝で言やあ、俺らはあまり役には立てないな。」
お休みでも企画の進行連絡は来るらしく、2階の書斎、携帯を接続したPCにて、昨日までの報告書を受け取っていた旦那様。一通りの検分が終わったか、庭先まで降りて来られたらしくって、
「誰が他所の人で誰が住人なのか、俺たちにはなかなか判らないものな。」
「そだねぇ。」
長年おいでの方々は判るけど、一緒においででない時にだと、そこのご長男のご家族なのか、道に迷って入り込んだ他所の人か、年に数えるほど、しかも短期間だけしか来ない自分たちではそこまでは把握しきれてないから。
「ま、知らない人にはほいほい着いてゆくなってことだろな。」
「あ、今のるうちゃんたちへじゃなく、俺に言っただろ。」
「当たり前だ。この子らは賢いし鼻が利くからな。怪しい人には近づくまいよ。」
そのわんこたちが心配だという話をしていたはずなのにね。あっさりとオチを畳み掛けられ、むむう〜〜〜っと膨れた奥方だったものの、
「腹減ってないか?」
「うん。ちょっと早いけどお昼ご飯作ろっか。」
気安い会話にお顔が和む。ネタがネタだっただけに、ちらりんとポーチにいるサンジの方へと視線がいったが、いちいち怒りませんてと苦笑し、但し、立ち上がりかけた彼だったので、
「あ、ダメだよ、サンジは。」
自分で作る気なんでしょ?と、おずおずが一転して慌てて見せる。
「お客さんなんだからって、昨日も一昨日も言ったじゃんか。」
だってのに。結局は朝から晩までのおさんどんの、ほぼ全部の調理に手を出してる“お母様”であり、
「俺の作るのって、そんなにも危なっかしい?」
包丁さばきとか見てらんないってのか? とうとうそういう方向から攻めてみたルフィだったものの、
「そんな筈がないだろが。」
手づから教えた覚えはないってのに、昨夜のきんぴらごぼうもアジのポアレも、今朝の地穫りのグリーンアスパラのサラダも、手際から味付けから盛り付けまで そりゃあ上手だったし見事なもんだったしと。木陰から出て来て歩み寄って来た、彼からすりゃあ今でも“坊や”なルフィへ向けて、やんわりと目許を細め、お褒めのお言葉を下さったサンジであり。ただ、
「それこそ、たまのことなんだから作らせろ。」
遠く離れて暮らしてるうち、こちらのお料理の味を忘れられちゃうと寂しいし、と。おでこ同士をこつんこと、くっつけ合っての一言へ、
「あ、えっとぉ…。/////////」
そんなことあるわけないのに、何だよう…なんて。頬を赤く染めてしまった小さな奥方へ、
“ルフィってば可愛いのvv”
人のカッコの俺を相手にしている時も、時々お兄さんぶって見せるくせにね。今はシェルティのるうちゃんが、くふふvvなんて内心で笑ってたりして。
「下ごしらえとか手伝うだけなら良かろ?」
玉子チャーハン・エビチリのせなんてのはどうだ。わ、俺それ大好きvv たちまちご機嫌さんになったルフィの傍ら、たかたか歩み寄って来たシェルティくんが、お膝あたりへ するると頬擦り。
「あ・えと、なぁに?」
見上げて来たわんこは、勿論何にも言えない身だけど。あうっと一声鳴いた途端に、それを聞いてのいい反応、ウェスティくんがサンジさんの手から飛び降り、傍らまで寄って来たので、
「え? もう帰るの?」
ご飯のお話になったんで、お腹が空いてしまったのかな? いや、意味までは分かるまい。ゾロさんが苦笑をしたのへ、
“いえ、あの。”
お腹空いたんですって。//////// ちょっぴり照れてしまった るうちゃんであり、
「じゃあ、丁度いいや。お家まで送ってってやんな。」
戻って来たらすぐにも食べられるように、支度しとくから。にっこし笑ったお兄様に促されたのへ、体よく言いくるめられちゃうのもなと思ってのことか、少しほど口元をとがらせて“う〜〜っ”と唸った奥方だったが、
“…明日にも帰るって言ったたしね。”
時々その過保護ぶりがこちらまでを困らせるものの、サンジはルフィにとって、やっぱり大好きなお兄さんだからね。寂しいときや辛かったときに、すぐ傍らで慰めてくれただけでなく。意地張って平気だもんと振る舞っていたのも見透かしたその上で、見て見ぬ振りをしていてくれた。ルフィを独りになんかしないからって、そのためだったら…どんなに追っ手がかかろうと、生き延びること、絶対に諦めたりはしないからって。そうまで考えてくれてた人だもの。今や、血縁身内の父上や兄上以上に大切な人。だからこそ、詰まらないことで揉めたり、しゅんとさせたりするのは、それこそ絶対に嫌だ。
「…うん。判った。」
じゃあ、ひとっ走り行ってくると、お顔を上げたルフィの傍ら。ちょっぴり尖ったキツネさんタイプのお顔のるうちゃんが、きゅう〜んvvと甘い声を上げたので、
「早く帰してやんないと、お腹の空きすぎで途中で遭難しちゃうかもだぞ?」
「………サンジ、言い過ぎ。」
くすすと笑ったお二人だったりしたそうで。(笑)
◇
世間一般の皆様にも広く“サンデー毎日”な夏休みだとはいえ、お昼どきには違いなく。人通りの見えない静かな通りには、どこからともなくおみそ汁の匂いだとか、チャーハンだろうか炒めものの匂いもしており、
「わぁ、こっちまでお腹空いちゃう。」
ねぇって笑ったルフィへと、あんおんっとお返ししたのは“同感です”というお返事のつもり。きっとツタさんが何か美味しいもの作って待ってるよ? 今日はお昼までにゾロも帰ってくる日だから、もしかしてお土産があるかも知んないねvv 着かず離れつ、2匹のわんこがそんなこんなと囁き合いながら、童顔の男の子の足元近くをついてゆく。一見お散歩みたいな道中は、ほんの数ブロックのことだのに、まさかに…そんなことが起ころうとは。
「………あの。」
正午に間近い時間帯、暑い盛りだったせいもあって。通りには人の影も無く。それでの油断は大いにあったのかもしれないけど、
「え?」
それにしたって、その人は、あまりに気配なく近づいて来ており。スポーツ刈りというほどじゃあないが撫でつけるほどには長くもない、自然に流した短髪頭に、カーゴパンツに淡色のスキッパーというコーデュネイトの、足元はスニーカー…という。帰省して来た休暇中の身ですという若いお父さんにはよくある、普段着風のいで立ちの人だったこともあり、警戒なんて欠片も抱いてはいなかった彼らだったから。立ち止まったルフィの傍ら、るうもカイも、お行儀よくお座り態勢で立ち止まり、
《 おじさん誰?》
《 知らない人だよねぇ。》
きょとりと揃って小首を傾げた…そんな間合い。
「………えっ?」
さして表情も豹変させぬまま、ルフィの二の腕を掴むとぐいと引き、
「な…っ!」
いきなり何すんですかと慌てかかった足元では、るうとカイも揃って立ち上がる。お知り合いかな? でもでもルフィの様子が変だ。不意にるうが周囲の空気に妙な緊張感を感じ取り、
「…わっ、いってぇ〜〜〜っ!」
がぶちょと齧りついたは、すぐ鼻先にあった見知らぬおじさんの向こう脛。どこに待機していたものやら、白っぽいボックスカーが姿を現し、スルスルと傍らへすべり込むように加速を緩めた。そういう気配に不穏を覚えて、
《 ルフィから手ぇ離せよっ!》
お鼻の上へしわが寄るほど、お怒りもあらわに思い切り。るうちゃんからは素性の判らぬ…とはいえ、もしかしたらばルフィの知り合いかも知れない人へ。がぶっと噛みつくまでの攻撃をしちゃったのは。人としてなら根拠のないこと、半分くらいは本能からの反射であったのだけれども。
「…っ、こんのっ!」
それでもルフィから手を離さず、もう一方の足でるうちゃんを蹴ってやろう、そうやって振りほどこうとする辺り。心優しいルフィくんのお知り合いとは到底思えなかったし、
「何してやがるっ!」
「早くしねぇかっ!」
ボックスカーの横っ腹、ドアがスライドしてそこから…数人のがなり声が飛び出して来た。こんな住宅地にはおよそ不似合いな、気の荒そうな男らが幾人か。
「離せよっ!」
抵抗するルフィへ、
「やっぱ。心辺りはあるらしいぜ。」
「面倒だ、連れてけっ!」
そんな声が口々にかかって…まだ中学生と言っても通りそうなルフィの小さな肢体なんて、数人がかりで掴み掛かられては造作もなくて。
「離しやがれっ!」
鼻先を蹴飛ばされては、さすがに痛かろうからと。咄嗟に口を開いたその隙、素早く後ずさってボックスカーへと乗り込んでしまった最初の男の靴の先、もう一回齧ってやろうって思ったもんの、間一髪で間に合わず。
《 待てっっ!!!》
ご近所の人へいっそ届けと、わうわう・がううっと喉も裂けよと吠え立てたるうだったが、車が発進するときのバックファイアーに紛れたか、すぐには誰も出て来てくれなかったのが口惜しくって。
「ルフ…るうっ!」
遠かったにもかかわらず、もう帰っていたらしい ろろのあさんチの方のぞろさんが出て来てくれたのが、残念、車が通りを遠ざかって行ってしまってから。そのまま自慢の脚で追って行きたかったところだけれど、
《 カイ?》
突然の荒ごと、騒然としちゃったのへびっくりしたのか、カイの姿がどこにも見えない。それを意識が拾ってそのまま、彼の意志を鷲掴みにしてしまい、るうの脚をその場から剥がさなかったのは、致し方がなく。走り去った車を気にしつつ、周囲を鼻で探ってみたが、歩道沿いの茂みにも、一番近いお家の生け垣にも、匂いも気配も感じられず。
《 まさか…。》
今のどたばたに巻き込まれ、カイもまた連れ去られてしまったということか?
《 どうしよ、ぞろっ!》
わんこの姿のままだから、詳しいことを今の今、伝えられないのがもどかしい。そんなの気のせいであってほしいけど、でもでも自分のお鼻の感度は自分が一番知っているから。だから…きっとそうに違いないこと。
《 カイが…ルフィと一緒に連れてかれちゃったのっ!》
あああっ、どうしましょっっ!!!
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*はい。実はそういう事件をからませたくてのコラボでございまして。
なのに、ずるずる引き伸ばしちゃった爲軆ていたらくを
どうかお許し下さいませです。(苦笑) |